【韓国軍隊:上等兵時代】4. これは奇跡!服務期間が縮まる!

2003年 3月 16

「軍生活が本当に縮まるのか・・・。信じられなく、嘘のような軍生活短縮が現実化しているようだ。ずっとあれこれ噂ばかりが飛び交っていたけど、昨日、200310月除隊者から一週間単位で縮めるというニュースが報道された。まだ詳しい内容は聞いていないから自分の除隊日が何日になるかははっきり分からないけれど、噂が事実になったのだ。一年半軍生活したらこんなこともあるな。」

*当時の写真は今や一生の宝物!

 

長くて短かった2年2ヶ月間の軍隊生活の間、様々な奇跡が起きた。彼女との音信不通と不適応で脱営を考えていた僕が講演者として部隊へ招待された父の訪問をきっかけに気持ちを切り替え、優秀操縦士として除隊できたこと、2002年日韓ワールドカップの時は、訓練中、テントの中にテレビが置かれ、訓練中の僕らにも準決勝に進出した代表チームにも奇跡が起きたこと、部隊内のサッカー大会で優勝し、休暇をもらうことができたことなど、いろんなことがあったけど、その中で一番の奇跡と言えば、やっぱり服務中に国の服務期間短縮政策によって除隊日が早まったことだった。

軍隊では「それでも国防部(日本の防衛庁)の時計は回る」という有名な名言がある。特に兵長になると毎日が暇でなかなか時間が経たないので、カレンダーに「D-OO日」と除隊日を毎日カウントしたり、後輩に「OO兵長の除隊はあとOO日です!」と毎晩寝る前に発表させて意地悪をするのが日課だった。犯罪者が刑務所で出所するように、僕らにとって軍隊生活は入隊日からひたすら除隊日だけを待ち焦がれる長いマラソンのようなものだったのだ。


※二度と食べることのできない軍隊のハンバーガー。旨かったな・・

 

一先ず、簡単に韓国軍隊の服務期間の歴史を振り返ってみると・・・、1950年朝鮮戦争以降、陸軍の場合は36ヶ月、1977年に33ヶ月、84年30ヶ月、93年26ヶ月、2003年10月から24ヶ月、2011年2月から現在の21ヶ月に至っている。予定通りであれば2001年9月17日に入隊した僕は2003年11月16日に除隊するはずだった。

それが1998年から集権した民衆党のいわゆる「太陽政策」と呼ばれる北朝鮮に対する政府の包容政策により、北朝鮮との関係がだいぶ和らぎ、服務期間を短縮することに至ったのだ。2003年集権したノ・ムヒョン政権は最終的に18ヶ月を目標に服務期間を短縮する政策だったのだが、ハンナラ党が政権した2008年から北朝鮮との関係が悪化一路を辿り、今現在は21ヶ月で留まっている状況である。明日戦争が起きてもおかしくない最悪の北朝鮮との関係の中で、最近は服務期間を延長すべきだという声も高まっているので、国の政策と韓半島情勢によってコロコロ変わってきた服務期間の歴史はなかなか面白い。

除隊を8ヶ月残していた2003年3月、2003年10月の除隊者から服務期間を短縮するというニュースを聞いた時は歓呼と共にみんなで抱き合い、嬉しさのあまり涙を流した。僕の場合はぎりぎりで短縮に適用され、なんと一週間も早く地獄から抜け出せることが決まった。部隊内ではぎりぎりで神様の恩恵を受けることになった2003年10月と11月に入隊した僕らは「奇跡の軍番」と呼ばれていた。

このようにして2003年11月16日だった僕の除隊日は、2003年11月9日に変わった。波乱万丈だった僕の軍隊生活・・・さて、僕はこの奇跡に後押しされ、無事に11月9日に除隊できたのだろうか?その詳しい事情は「第4部、兵長時代編」で明かすので、お楽しみに!