【韓国戦争】波乱万丈、伯父さんの物語 -1部

今回7年ぶりに実家で旧正月を過ごしました。一番の理由としては今年で82歳になった伯父(父の二番目の兄)と76歳の伯母(父の姉)に会うためでした。爆  笑

幼い頃から年2回(旧正月、秋夕)は必ず会って、挨拶したりお墓参りをしていましたが、僕の兄弟も結婚し、子供が産まれてからは家族だけで過ごすことになったので、最後に会ったのは10年も前のことです。

*今、伯父が暮らしているところは忠淸道 天安市。朝から雨が降っていました。

電車で1時間半、父と二人で訪れた伯父の家。僕なんかが伯父と近くで話すことなんてなかったし、10年ぶりだから緊張するかなと思ったら、血が繋がっているって不思議・・・ やつれてはいましたが、穏やかでどこか父に似ているその風貌は変わりはなく、僕を温かく迎えてくれました。

*伯父の家族写真。伯父もなんと男3兄弟を育てました。

「日本はどうだ?お前、結婚はどうするんだい?」から始まった10年ぶりの会話・・・

二度とない機会だと思った僕は結婚話は適当にごまかし、父の子供の頃の話や昔の話をいろいろ聞きました。

父が生まれたのは1950年3月、しかし、2か月後の5月に朝鮮戦争が勃発。戦火は父が生まれた韓国の中部、忠淸道の小さい村にも広がり、父の家族は南へ避難する苦難に強いられました。

元々病弱だった父は避難の中で生き残るのは難しいと言われていました。近くで爆弾が爆発すると、父は気を失い、一瞬ぐったり・・・ 死んだのかと思うと、なんとか気を取り戻し、泣きじゃくっていたという・・・。

*1950年韓国戦争当時の避難行列

そして、伯父は12年前に父の4人兄弟で唯一この世を去った兄のことを語り始めました。思いにふけた顔で語り始めた伯父の目はもう、うるんでいました。

そこには今まで知らなかったドラマのようなストーリーがあったんです。

*父も初めて知ったところがあったらしく、笑ったり泣いたりしていました。

戦争当時、17歳の高校生で成績も優秀で聡明だった長男は、学徒兵として徴兵され、家族と生き別れになってしまいました。北に立ち向かって国のために戦うと戦場に出た伯父。しかし、村の有志に騙され、韓国軍ではなく北朝鮮軍に編入される羽目になってしまいました。

残された家族は南へ避難を、伯父は一度北朝鮮軍になり、同胞と家族に銃を向ける立場になりますが、命がけで脱営を敢行し、韓国軍に配属されることに成功しました。

*当時の学徒兵。伯父は高校1年生、17歳でした。

家族は南端の釜山まで逃げ切り、なんとか命はとりとめたものの、長男の伯父が銃に打たれ重傷だという連絡を受けます。そして、伯父は脊髄損傷で足が動かなくなり、家に戻ってきたのです。

『波乱万丈、伯父さんの物語 -2部』 が続きます。。。

 

【韓国戦争】波乱万丈、伯父さんの物語 -2部

【韓国戦争】波乱万丈、伯父さんの物語 -2部

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