【韓国軍隊:兵長時代】4. また除隊日が変わる。10日間の営倉(軍人刑務所)生活」

(この記事は、2014年1年間、文芸雑誌「文芸思潮」に「現代徴兵の青春―韓国の軍隊、その793日間の記録―」というタイトルで連載されました)

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Part4 :兵長時代

「また除隊日が変わる。10日間の営倉(軍人刑務所)生活」

 

2003年 6月 18日

「信じられないけど、今日記を書いているここは師団憲兵隊の営倉・・・。言わば留置場にいるわけだ。口にすることさえ恥ずかしくなるこの現実がもどかしく、呆れ果て、悲しい限りだ。軍隊に来て本当にいろんなことを学んでいる。世の中にただの物はなく、悪いことをしてはいけないという真理を悟ったのだ。知らないまま除隊していたら、将来もっとひどい目に遭ったかも知れないと思うと、これも貴重な経験なのかもしれない。」

 

2003年 6月 19日

「夜が明けたのか、暮れたのか・・・。雨が降っているのか、曇っているのか・・・。

外の空気を一回も吸うことができず、この5畳くらいの狭い部屋に一日中座っているままで一日が経ってしまった。何も話すこともできない。笑うことも、脚を伸ばすことさえも禁止され、正座での読書とご飯を食べることだけが許される厳しい監視と統制の中で過ごしている。」

 

2003年 6月 20日

「時間は夜の9時・・・。腰と脚が痛すぎる。このまま病人になるんじゃないだろうか。共に入所したヨンド、チャニョン兵長は6時に出所した。5日ぶりに解放された彼らの顔には明るい微笑みが宿っていた。俺はまだ一週間も残っているのに・・・。入隊後、営倉に引っ張られるほどの誤りも沢山し、危機も多かったけれど、こうして10日間も軍生活を延長してまで服役するなんて・・・。過酷な刑罰ではないだろうか、ちょっと悔しい思いもあるし・・・。とにかくこの恥辱的でむごい現実から一刻も早く脱したい!」

 

2003年 6月 22日

「テレビを見ている。営倉でも日曜は一日中TV視聴が可能である。昨日から心臓の鼓動が激しくなって心配だ。神経衰弱の症状だろうか・・・。胃酸過多、下痢・・・。過度なストレスが病気になり、異常症状が出ているみたいだ。本当に辛い・・・。」

 

2003年 6月 25日

「一日がこんなに長いとは・・・。それでも何とか過ごした日々、8日目。明後日はこの檻から解放される。何もせずに部屋の中に閉じこめられ、座っていても時間が過ぎていくので、緩やかでも流れている時間の偉大さに改めて気が付いた。」

*野外訓練中、戦闘車の上で

 

『悪戦苦闘』『波乱万丈』・・・。この二つの言葉そのものだった僕の軍生活。奇跡的な服務中の軍生活短縮発表により、一週間も除隊日が繰り上げられた僕。しかし、その歓喜は長くは続かなかった。軍隊生活最大の試練が5ヶ月後に除隊を控えた兵長時代に訪れた。想像もしなかった営倉に監禁される羽目になったのだ。

優しかった同僚の某兵長に、公衆電話で使う後払い電話サービスの暗証番号を教えてもらい、数回にかけて使用したことが禍根だった。高額な料金が徴収され、調査した結果、僕だけではなく多数の同僚がその暗証番号を共有し、使っていたのだ。

軍人は社会の一般人とは違い、重大な犯罪を起こした場合、憲兵隊で裁判にかけられ、服役することになるが、そこまで重大な犯罪に至らなかった場合、5日間から最大15日間の営倉と呼ばれる軍人刑務所に監禁される。一般社会での留置場生活を経験することになるのだ。

様々なトラブルと危機の中でも何とか戦闘車操縦手として奮闘していた僕は、結果、軍人なら誰もが怖がる10日間の営倉生活を送ることになった。

10人ほどが5畳くらいの部屋で過ごした。正座のまま、笑うことも話すことも動くこともできず、一日でできることは監視官が差し入れてくれる本を読むこととご飯を食べること。ずっと口癖のように「何もやりたくないな~」と言っていたのに、何もしないということがどれだけ辛いことなのか、この時身をもって体感した。

夜はもちろんぐっすり眠ることは許されず、不寝番勤務もあったが、夜分に起きて部屋の中でまた正座のまま1時間、目を開けて眠気と戦わなければいけないことは苦悶、そのものだった。

最も辛かったのは10日間分の軍隊生活が伸びてしまったということと、軍隊で刑務所生活をしたという自分と親への罪悪感だった。実は未だに家族にはこのことは秘密にしている・・・。

自分の人生で最も長かった10日間。一日中何もせず、ただただ自分の情けなさに苦しみ、自責し、
思い煩っていたら、それでも10日間は過ぎて、やっと地獄から抜け出ることができた。

そうやって当初2003年11月16日が除隊日だった僕は、政府の服務期間短縮発表により、なんと一週間も除隊日が繰り上げられ、11月9日になったが、10日間の営倉生活処分により、最終的には11月19日に親の元へ戻れることになった。

確かにその10日間のことは頭の中から消したい恥ずかしい記憶ではあるが、世の中にただのものはないということ、人生生きていけば誰もがニュースで見ていた犯罪者に容易になれるということ、そして、「苦しむほど人間は成熟する」という教訓をしみじみと思い知ることができた貴重な時間だった。

“2”へのコメント(2)

  1. はるやま のコメント:

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    こんばんは。入隊前はおしゃれしてデートしていたような若者が…胸が痛んだと言っては失礼になるでしょうし…ただ、今の半島の危機が、現実として目の前に感じられました。

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