「危機の母親」(2006 PARKER大学生エッセー公募展入賞作)

ジョンヒョと一緒に韓国へ !★

「キム社長、困るよ。私は家庭のある女なのよ」

高校2年生の時、両親の部屋のトイレの中で精神を集中し、用を足していた私は気絶しそうになりました。あわててケータイを持ち、この部屋に入り込んだ母親と誰かとの通話は衝撃、そのものでした。当時、流行っていたインターネット同級生探しを通じ、卒業後、何十年ぶりの同級生との再開で浮かれていた母親でした。献身的で自分の子供のためなら何でもする韓国の母親の典型であった母親に同級生の誰かが隠密な会いを求める電話をかけてきたのです。

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小柄で自分には100ウォンも惜しがるけど、生まれつきの外見とファッション感覚でお洒落さんといつもいわれていた母親だからとある意味、理解はできましたが、すでに私の頭は「不倫、離婚・・」などの単語でぐちゃくちゃになっていました。 違うと知っていながらも、その日からそのことがずっと気になり、我知らず母親を疑い始めました。そーと母親の携帯のメールを読んでみたり、もしや家に電話がかかってくると、素早く先に出て不明な男性が母親を探すと、「いませんよ!」と切ったりもしました。

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そんなある日曜日、用事があると出かける母親を私は尾行することにしました。バスにも乗らず、15分も歩いて母親はあるビルに入りました。母親に次いで、きょろきょろ見回し、着いたビルにはドアから鼻を突くボンドのような匂いが・・・ そこは化学繊維を作る工場でした。その頃始めたばかりの自分の家庭教師代を稼ぐために母親は家族知らず工場でバイトをしていたのです。教育熱が想像を絶する韓国、そして、自分の身を削って子供に献身する母親の国、韓国・・・ 高校生と、中学生の男3兄弟の教育費、生活費は先生だった父親の給料だけではきつかっただろうと理解しながらも、こうするまで・・と思いながら、私は工場の玄関でそのまま泣いてしまいました。

何日後、学校から帰ってきた私を母親はいつもとは違う笑顔で迎えてくれました。

「あんた、ピザ食べたいと言ったでしょ?」

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テーブルの上はチーズがとろけている有名ピザではありませんでしたが、ちょっと見劣りのする母の手作りピザがありました。その日、私は涙が混ざったピザを味わいました。
子供を3人も生み、その弱弱しい小さな体で工場で働きながらも、私のためにピザを作ってくれた母親、そんな母親を疑っていた私があまりにも憎くて、情けなくて涙が出て、とまりませんでした。喉がつかえてそんなに食べられませんでしたが、きっと、必ず頑張ってソウル大学にいくと、心に決めました。しかし、成績は思ったようにあまり上がってくれず、ソウル大学はいけませんでしたが、当時、頑張ってくれた母親がいなかったら、今の私もいなかっただろうと思います。

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四日後、私は日本に語学留学に発ちます。東京についたらすぐバイトを始めるといっても母親は何もいわずに生活費を私のバックにそーと入れてくれました。そのお金がなんとなく当時工場で稼いだお金のように感じられ、胸がじいんと熱くなりました。

苦しいときも、辛いときも当時、危機の下で頑張ってくれた母親のこと、涙が混ざったピザの味を思い出して、頑張ろう!と思いました。

お母さん、ありがとうございます。
俺、頑張るよ!

“4”へのコメント(4)

  1. こまき のコメント:

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    いい話ですね(><。)。。
    韓国って教育熱心な親が多いですね…子供もそれに応えなければならないプレッシャーを抱えてそう…

  2. jejuko のコメント:

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    心に染みるお話ですね(T_T)
    どんなに辛い事があっても、自分には守るべき大切な人がいる、そう考えたら頑張れますよ(^_^)/

  3. shu22shu のコメント:

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    ジーンと目頭が熱くなりました。
    ジョンヒョさん幸せですね^^ 
    素敵なお母様ですね。

  4. Peter Mori のコメント:

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    やっぱり母は偉大ですね。
    色々苦労して子供を育てて。
    韓国男子にとって母親は日本以上にすごく特別な存在なんでしょうね。
    お母さん、綺麗です^^

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