【韓国軍隊:訓練兵~二等兵時代】4. 立ち直れたのは家族の力

2002年 3月 3日

「3月になった。昨日は忘れられない一日だった。今週は精神教育の週間。土曜日の午前「親との対話」時間には私の父が講師として部隊に招待されたのだ。部隊講堂で全部隊員の前で27年前の自分の軍生活と、今まで生きてきた話をしてくれた。尊敬する父と素敵な母、そして入隊後の現在の自分の姿が恥ずかしくてしょうがなかった。」

 

「服務不適応で問題兵士と分類されていたキム二等兵が休暇中自殺。

先輩のいじめに悩まされていたチェ二等兵が警戒勤務中、先輩を撃ち、自殺。

彼女問題で部隊を無断脱営したイ一等兵が遺体で発見・・・。」

今でも後を絶たない軍人の自殺事件の記事を目にする度に胸が苦しくなる。無事に除隊した他の韓国男性と同じく自殺した人の気持ちは分かるが、なぜ彼らは愛する家族の存在を捨て、自殺という道を選んだんだろう・・・ともどかしい気持ちが溢れてくる。

もし、2002年3月3日、あの出来事がなかったら、僕は今頃どうなっていたのだろうか?

「明日、脱営するぞ!」と決めたその日、部隊長に急に呼びだされた。

「お前のお父さんは高校の校長先生だそうだな。先ほどお父さんに連絡をし、来週の-親との対話-の時間に一日講師を務めて頂けないか伺い、承諾をもらったぞ」

「えぇぇ!」

問題兵士というレッテルを張られ、最悪の姿で過ごしていた軍隊生活。こんな僕の父が演説者として部隊に訪れるなんて・・・ 脱営はしばらく後回しにし、どんな顔で親に顔向けすればいいのか、不安でいっぱいの日々を過ごしていた。そして、予定の「親との対話」の日・・・。

なんと33ヶ月間、北朝鮮と立ち向かっている最前線で服務した父は1時間、劣悪な当時の部隊環境、長い軍生活を乗り切る方法、2年間も待ってくれた当時の彼女とのラブストーリーや別れ話など、ユーモア混じりの有益な話で場内を盛り上げてくれた。

演説が終わり、部隊長室で部隊長は父に

「ジョンヒョ君は誰よりも元気で誠実に勤務してくれていて、みんなの模範になっている。さすがこのような素晴らしいお父様がいらっしゃったんだったね!」

「あ、そうだったか?いえいえ。とんでもありない。ハハハ~」

僕の顔は真っ赤になり、しばらくの間顔を上げることができなかった。

その日はおかげで一日間の特別外泊をもらい、市内で親と楽しい時間を過ごした。

部隊に戻ってきた僕はたった一日で別人になっていた。親に恥ずかしくない、誇らしい息子になろう!人生をかけてこのピンチを乗り越えてみよう!と拳をぎゅっと握り締めていた。

1年8ヵ月後、僕は100名ほどの中隊を指揮する中隊長が乗る01号戦闘車の操縦手として栄誉の中、除隊した。

年中、自殺事故が後を絶たない軍隊。このような素晴らしい親と、立ち直れるようにと機会をくれた部隊長がいなかったら、その後、僕はどうなっていたんだろう?と思うと、想像する度に背筋がゾッとする。今までの人生の中で一番苦しくてつらい時期ではあったが、ドラマチックに克服し、無事に除隊することができた。

世界的にも格別な韓国男性の家族への思い、危機が迫ってきた時や苦しい状況に置かれた時も依然と立ち向かえる勇気や強い精神力は全て軍隊で培われたものだと思う。

1950年の朝鮮戦争の廃虚の中から短期間で復興し、経済発展と民衆化を成し遂げた韓国、現在も韓国は不屈の軍隊精神で武装した人たちが家族と愛する人のために頑張っていて、それが原動力となり、前へ進んでいるわけだ。